エピソード
会報「第29号 共に生きる」より(平成21年2月発行)
Mさんは42歳の男性。クッキーの生地並べなどの作業に参加しています。字や数などの理解力は高く、単語をぽつぽつ話すこともできますが、コミュニケーションがうまく取れず、特に困ったことや自分の気持ちなどを伝えるのが苦手です。

 Mさんは、今までに何度となく怒った表情で「ウー!」と高い声を上げ、必死にカレンダーを破ることがありました。そして破いたかと思うと、今度はセロテープを貼って元に戻そうとします。時には、先にセロテープを用意してから破ることさえありました。

 職員も、Mさんが怒っていることは分かるものの、なぜカレンダーを破るのか、その背景をなかなか理解できませんでした。

 そんなある日のできごと。Mさんは画用紙に“山陽本線”と書いていました。それを見た職員は、Mさんのお母さんから「娘(Mさんの妹)の嫁ぎ先である鳥取に、近々行く予定がある」と聞いていたことを思い出し、鳥取のことを尋ねました。するとMさんは、急に事務所へ走っていき、カレンダーを破ろうとしたのです。

 「カレンダーを破いただけでは、何を言いたいのか分からないから、ちゃんと教えて」と、職員は体を張って止めました。しばらく押し問答が続き、「お家のこと?園のこと?旅行のこと?」と聞くと「旅行のこと!」と返事。聞かれたままに答えることもあるため、再度「園のこと?旅行のこと?家のこと?」と順序を変えて聞いても「旅行のこと!」。Mさんが旅行についていろいろと思っているということが、職員に分かってきました。

 そういえば、少し前にカードに“お父さんへメッセージ”と書いていたMさん。“塩楽荘”という保養所のパンフレットも手にしていたため、おやじの会で企画された塩楽荘への旅行に行きたいのではないかと推測され、「その旅行のことをお父さんに言って欲しいの?」と聞くと、嬉しそうに笑っていたことを、職員は思い出しました。

 職員は、「塩楽荘のことや、鳥取旅行のことを、ちゃんとMさんに相談をして欲しいと言っているんかな?」「山陽本線は塩楽荘のある姫路にも、鳥取にも行く電車だし、鳥取に決められたのが嫌やったん?」「自分の予定を勝手に決められるのは嫌やって言いたいから、予定が書き込まれるカレンダー破いてるの?」と聞いてみました。

 返事はありませんでしたが、それまでの力んだ表情からホッと和らいだMさんの姿を見て、推測はほぼ当たっていると実感しました。

 「カレンダーを破らずにはいられない」Mさんの思いやその表現を真摯に受け止め、今後も支援を続けていきたいと、再認識したできごとでした。

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