気持ちがわかった喜び
会報「第45号 共に生きる」より(平成29年3月発行)
 私が担当していたS君(当時4歳)は、素直に甘えることが苦手だったが、少しずつ私に甘えることが増えていた。言葉はまだ不明瞭で、相手に気持ちを伝えることは難しく、困っているのに笑ってしまうことがあった。その頃S君は登園をしぶるようになり、気になっていた。

 ある朝のこと。S君は園バスから降りると一直線に走っていき、友だちの妹を強く押した。突然のことに私は驚いてしまった。自分の気持ちを落ち着かせてS君をなだめ、なぜ押したのか聞くが、目を合わせようとせずその場から離れてしまう。S君は理由なく小さい女の子を押す子どもではない。その子との間で嫌なことがあったのか、伝えられない気持ちがあったのかわからず私は困惑した。

 S君なりの理由があるはずとクラスで相談し、責任者も交えケース討議を行なった。いろいろ話が出たなかで、S君のおかれている状況が見えてきた。両親は共働きで、祖父に預けられることも多いことから、お母さんと一緒に楽しそうに登園をしている友だちと妹をうらやましく思っているのではないか。だとすれば、甘えたい気持ちを素直に表現できる支援が必要ではないか。私は園バスまで迎えに行き、母親との分離の寂しさや甘えたい気持ちにていねいに寄り添おうと思った。難しく考える前にまず抱きしめてあげよう。それでもダメならまた相談しようと思えるようになった。

 翌朝、「S君はどんな様子で降りてくるのだろう。また友だちを押してしまうのではないか」と不安と緊張でいっぱいの状態で私は待っていた。バスから降りてきたS君は硬い表情だった。私が手を広げて笑顔で「おはよう!」と声をかけると、S君は抱きついてきてくれた。私がしっかりと抱きしめるとS君はギュッと力いっぱい抱きついた。私はそのことがとてもうれしかった。

 しばらくするとS君の力が少し抜けたので「ママとバイバイがんばったの?」と聞くと「がんばった…」と悲しそうな表情でつぶやき、またギュッとしがみついてきた。やっぱりお母さんへの思いが深く分離が寂しかったんだ。私が「がんばったね」と声をかけると表情が和らぎ、全身の力がようやく抜けた。

 最初に「S君は理由なく押すような子ではない」と思ったことは間違っていなかった。S君の気持ちを少しでも感じとれたことがとてもうれしかった。S君と関わるうえでの大切な手がかりをつかめたような気がした。
※写真はイメージです。

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