尊敬する人とは
(2020年5月・第507号「風の子だより」より)

 古い時代においては、職業がその人の人格を表わすものとして固定した評価を受けていました。例えば、「お巡りさん」(警察官)は泥棒を捕まえる正義の味方の人であり、学校の先生(教師)は何でも正しいことを言い、礼儀作法の立派な人であると理解されてきました。また、生活や家庭で困ったことがあると、お寺の和尚さん(僧侶)に相談し、色々とアドバイスを受けるという風習がありました。そして、政治家や軍人は偉い人ということで、子どもにとって将来の憧れの存在でもあったと言えます。

 しかし、現代の若い人たちにとっては、誰もこのような意識をもつ人は存在しなくなりました。世界や日本国内の出来事が直ちに情報として伝わるようになった今日、前述の尊敬すべき人たちの反社会的行動や態度が、しばしば報道されているからです。

 つい先日の神戸市の小学校の先生四人による新人教師への苛めは、何とも情けない事実でした。それは、先生というイメージ、人々の模範となるべき権威のある価値観が地に落ちたようなものでした。この出来ごとが象徴されるように、昔からの観念は、戦前の「教育勅語」が下敷きになって作られたものなのでしょう。したがって人間を教科書にしてきた、これまでの社会常識はなくなったと思えます。

 では本当に立派な人、尊敬に値する人とはどんな人なのでしょう。それは言行が一致し、社会のために役立つことをし、人に対する優しさや思いやりのある人ではないでしょうか。それには職業や立場とは関係がありません。また、お金持ちや有名人でもありません。そして立ち振る舞いが決して派手ではないのに、しっかりと足が地に付いて、がんばっている人の中に人間の模範となる人がいます。本当に尊敬される人とは、そういう人なのでしょう。これから大人になる今の子どもたちは、そういう人間に育てていかねばと思います。

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