創立60周年
2016年12月・第467号「風の子だより」より

 風の子保育園の創立は、1956年(昭和31年)ですので、今年は丁度60年目に当ります。そこで60周年の記念事業をしたいと計画しています。

 60年の歩みを振り返えると、初期の昭和30年代は本当に貧しい時代でした。その頃、国が定めた子どもたちへのオヤツ代は1日3円でした。当時でも、ビスケット1枚が買えるかどうかの低さでした。午睡の布団は家庭から持ち込んでいましたので、大きさも厚みもまちまちです。毎日のお昼寝の始末は大変でした。園舎はトタン屋根の木造です。冬になると薄いガラス窓から透き間風が吹き込みますので、石炭ストーブを炊きます。しかし、その灰が煙突に詰まるので、時折煙突掃除をせねばなりません。ブラシのついた棒のようなもので、煤を取り除くのですが、飛び散った煤でまっ黒になります。

 夏のプールは、周りにブロックを積んで、中にビニールを張って作りました。それでも子どもたちは、大喜びで楽しんでいました。水着もなく、本当に裸んぼでした。

 風の子保育園は、東淀川区で3番目の古さで出発しましたが(現在は24ヵ所あります。)、その頃、地域の人たちは園に通う子どもたちを可哀想な子どもたちという目で見ていました。当時、4・5才の子どもたちは幼稚園に通うか、家で過ごすかが普通でした。それ以下の子どもは、家庭で生活するのが当たり前です。その頃すでに、風の子保育園では、0才からの乳児保育、午後6時までの長時間保育を行っていましたので、それを必要とする人たちが広く東淀川区全域から求めて通園されていました。

 すべてが手作りというような時代でしたので、保護者と園との関係は、密で深いものがありました。園長の自宅が、園の2階に在ったことから、事情があってお迎えの遅い子が晩の八時九時まで居残り、園長宅で一緒に夕食を食べる子どもがよくありました。中には、父子家庭の父親が夜勤のため、子どもが泊り込むことすらありました。

 しかし一方、木造園舎の修理や、子どもたちの環境整備に保護者の人たちが奉仕で支えてくれたものでした。

 こうして貧しい時代には、人の心が通う暖か味がありました。創立六十年を迎えるにあたり、出発の頃が大変懐かしく思い出されます。

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設置・運営主体
社会福祉法人 水仙福祉会