視点

視点(28)
私たちの療育…こだわりの捉え方

 「広汎性発達障がい(の疑い)」と診断されるお子さんが増えています。早期療育が必要ということで様々な療育法が模索されていますが、私たちは行動をコントロールする方法ではなく、発達心理学から得られた知見をもとに、気持ちの通じ合う人間関係を築くことを大切にした療育をしています(これまでの「視点」参照)。今回はS君の例を通してその一端を紹介します。

 S君は2歳のとき児童相談所で「自閉的傾向を伴う軽度発達遅滞」と判定されました。入園当初は、表情が乏しく、言葉も出ておらず、回る物に強く執着していました。ある親子通園日のこと、S君は登園して玄関に入るなり、お母さんの手を振り切って廊下の換気扇の下まで突っ走り、ブンブン回る換気扇を固い表情で見つめています。その傍でお母さんは小さな妹を抱きながら、「また換気扇なの!?」と疲れ切った表情でS君の様子を見ていました。

 S君は親子通園を経験する中でお母さんに甘えるようになってきていたので、職員は普段と違う様子が気になり、お母さんに「今日はどうされました?」と尋ねます。お母さんは、「さぁ出発!と家を出る時にS君がぐずったので、つい怒鳴どなってしまいました。道中もグズグズ言うので、2人とも引っ張ってきたんです」と登園までの出来事を率直に話して下さいました。事情が分かった職員は、お母さんのいらだちや苦労をねぎらいつつ、S君に「大変だったね」と話しかけました。するとその瞬間S君は換気扇から目を離し職員の顔を見たのです。叱られたショック・戸惑いを換気扇に浸ることでかろうじて紛らわしていたと思われました。

 登園時だけでなく日常の保育においても、S君の視線や表情に気を配り、心境を察して確認する対応を根気強く積み重ねていくと、S君の行動に明確な変化が現れてきました。嫌なこと・不本意なことがあるとウロウロしたり換気扇を見に行っていたのが、声をかけると振り向く、こちらの顔をしっかり見る、手を差し出すと抱っこを求める、ぎこちない抱っこから安心して身を委ねるようになるなど、職員を求める行動が増えました。自分の頭を叩く仕草で「ペン、した(叩かれちゃった)」と伝えるようにもなりました。最終的には、なじんだ職員のもとで気持ちの安定が得られるようになると、一人で換気扇に突っ走ることはなくなりました。

 このエピソードは、「表現されていなくても子どもは意思や感情を持っている」「こだわりには意味がある」「家庭と園が協力してこそ背景が分かる」という『視点の共有』がいかに大切かを教えてくれます。もし私たちが家族の話に耳を傾けずに「こだわりをどうなくすか」だけに注目した対処をしていれば、S君は「強いこだわりのある自閉児」のままだったかもしれません。また、家庭と園の協力関係はお母さんの心にも変化を引き起こしました。当初の「いつまでこだわるの!?」という悲観的な状態を脱し、「懸命に訴えてくるわが子」を理解したいという前向きな気持ちを持つようになり、S君や妹に率直に謝るゆとりも出てきました。卒園のときには、自信を持って「イヤ」と自己主張し、「ママ、きて!」と母親を心の拠り所とするようになってきたS君を前にして、心からその成長を喜ばれるお母さんの姿がありました。

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