エピソード

「Cさんがやっと私に応えてくれた!」

<背景>
 Cさん(男性)は、普段ことばで自分の意思を伝えることは少ないが、推測してノートに書いてあげたり、そのままことばで本人に伝えると、うなずくなどの反応でコミュニケートできる時もある。Cさんの考えていることの多くは父親のこと、友だちのこと、活動のことということだが、今年の春就職しCさんの担当になって1週間の私は、どのようにCさんと関わったらよいかわからず悩んでいた。そんな私を見てCさん自身も私がどんな人か、探り探りの状態であった。

<エピソード>
 ある日、Cさんは何かを考え悩んでいる様子で登園してきた。毎日活動を行なっている部屋になかなか入ろうとせず、エレベーターの前を行ったり来たりしている。先輩職員が「もうすぐ活動の時間だから活動しよう」と声をかけても、職員の顔をチラチラ見るばかりで、動こうとしない。Cさんは、いつも父親のこと、活動のこと、友だちのことを考えていると聞いていたので「お父さんのことを考えているのですか?」などいろいろと聞いてみるがあまり反応はなかった。4月だったため、「職員の新体制のことで、不安に思っていることがあるのですか?」と聞いても目を合わせてくれなかった。
 時間も経ち、他の利用者が活動するために移動するなか、3階のフロアは私とCさんだけになった。私はCさんと一緒に過ごすようになって1週間しか経っていなかったということもあり、「これからどうしよう。Cさんは何を考えていて悩んでいるのかわからないし、話をゆっくり聞きたいけど、でも活動を始めなければならない」と焦りと不安でいっぱいだった。しかし、このままCさんが自分の気持ちを伝えれず、モヤモヤした状態で活動するよりも、Cさんの考えていること、思っていることを聞き、スッキリした気持ちで活動してもらいたくて、私なりに時間をかけ、Cさんの気持ちを考え、話をすることにした。
 いろいろ聞いてみてもCさんは目も合わせてくれない。このまま話を続けていても話の的を得ていないと思い、話をやめようとも考えた。しかし、最後にCさんに対し自分の気持ちをありのまま正直に伝えてみた。「Cさん、私と過ごして1週間しか経ってないですけど、私はCさんの考えていること、思っていることを知っていきたいです。でも、今なにを悩んでいるのか正直わからないです。今、すごくモヤモヤしていると思います。どんなことでもいいので教えてくれませんか?」。すると、Cさんは私の目をじっと見ながらその話を聞いたあと、立ち上がってドアをノックしだした。そのノックした行動をヒントにもう一度考えられることをことばにして確認していくと、Cさんの言いたいことが次第に明確になってきた。Cさんは「急に扉を開けられるとビックリするので、職員や他の利用者にノックしてほしい」ということを伝えたかったのだった。先輩職員に相談したところ、「ドアに貼り紙を作ったらわかりやすくていいんじゃない?」とのアドバイスをいただき、早速Cさんと一緒に「ドアをノックしてください」との張り紙を作りドアに貼った。Cさんは張り紙を何度も見てドアを叩いて確かめたりしていた。そんなCさんに対し「張り紙だけではなくてみんなに声かけもしましょう」と提案するとうれしそうなCさんの笑顔があった。そんなCさんを見て、私も少しCさんに近づけた気がしてうれしかった。そしてCさんは安心し、他の利用者との活動場所に向かうことができた。

<考察>
 私はずっと利用者に対し「わからない」ということばを使ってはいけないと思っていた。生活支援員として仕事をしていくなかで、「わからない」とのことばを言うことは利用者に対し不安を与え、信頼を失うことにつながると思っていた。しかし、先輩の職員に「わからない時はわからないと素直に伝えてもいいと思う。関わりに正解はないからやってみないとわからないよ。駄目だったらまた違う方法を考えてみたらいい」とのアドバイスをいただき、私なりの声かけをし、Cさんに私の考えていることを正直に伝えてみることができた。
 これまでの私は、「もし、Cさんが私のことを嫌いになったらどうしよう。失敗したらどうしよう」などの思いもあり、Cさんとの関係を作ることばかりに思いがいっていた。そのことがかえってCさんに対する圧力になって、私に気持ちを伝えたいと思えなくしていたのではないだろうか。私の余裕のなさがCさんをしんどくさせていたのではなかろうか。まだまだCさんとの信頼関係ができていない私だが、焦らずゆっくり私が心を開いて話をすることで、Cさんも私に伝えようとしてくれたのではないかと実感した。
執筆・2012年5月

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